[ジョーク]モデラー探偵 巴照盛太郎再び

ハードボイルド風に。

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「ねぇ。聞いてるの?」
少しいらだった女性の声が耳朶を打つ。
盛太郎は作りかけのメッサーシュミットを作業台にそっと置いて、左肩と首に挟んでいた電話機を右手に持ち直した。タミヤの1/72 ウォーバードシリーズのこのキットは盛太郎が作るのを楽しみにしていた逸品だ。
電話の声にこたえながらも盛太郎の目は名残惜し気にまだ胴体と主翼がついただけのプラスチックの小鳥を眺めている。
「聞いてますよ。琴吹(ことぶき)さん」
以前、伊藤警部とともに事件を手伝った多摩署の刑事、琴吹 二津葉(ことぶき につは)が電話をかけてきたのはちょうど制作にノリ始めたところだった。


「事件なのよ。手を貸してくれるわよね? 探偵さん」
年齢はまだ20代って話しだが捜査はぐいぐいいく系のえげつない女だ。美人だが盛太郎の好みとするところではない。
それが猫なで声で盛太郎を誘う。署内の電話だろうに、周囲の警官たちはどんな顔で彼女を見てるのかねぇ、と盛太郎はため息をついた。


「今度は何です? 積みプラモの重みで床をぶち抜いて下の住人を殺す事件でも起きたとか?」
樹脂製の小鳥ちゃんへの想いを振り切って立ち上がり、リビングの冷蔵庫からペットボトルを取り出す。
「興味深い事件ね。けど今回は違うわ。行方不明になっていた男が河原に放置されていた車の中で死んでるのが見つかったの」
「プラモの車?それが河原のダイオラマに置かれてたとか?」
「まぜっかえさないで。男は暴力団の下っ端、って言えばわかるでしょ?」
ペットボトルに直接口をつけて飲んでいた盛太郎の手がとまる。


盛太郎に声がかかる事件にかかわる暴力団


モデラー指定暴力団箱組。
組長は藻仲 安和世(もなか あわせ)。盛太郎とはある事件でちょっとした因縁のある仲だ。


「10分後に迎えに行くわ。模型じゃない1/1スケールのパトカーでね」
なんでそんなにうれしそうなんだ。獲物にとびかかる猟犬みたいだな。はずむ琴吹刑事の声に返事をして盛太郎はペットボトルを冷蔵庫に戻した。


「天気が良くて空気も湿ってなくていい塗装日和なんだけどなぁ」
せめて仮組みしてサフを吹きたかったなぁ。窓から見える飛行機雲がくっきりと走る青空を見上げた盛太郎がまた大きくため息をついた。