自宅

お篭りで頭の体操など。
職業訓練学校を受験する予定で、筆記試験の勉強しています。
倍率が高いらしいので入学できるかどうかはとんと不明。そもそも筆記はそれほど重視されないようです。
面接重視らしいのですが、面接で何が有利なのかわからん以上*1は筆記で高得点を狙っていくしかありませんな。


昔、手遊びに書いた短編が出てきました。
以前いた職場のスタッフページに掲載していて割りとウケたやつです。

テキストの行方がわからなくなっていたのですが、ひょんなことから発見したのでまたなくさないうちに転載しておきます。


秘密の男

それは、一通の電子メールから始まった。
「私を取材してください」

電子メールの差出人は、新宿にある有名ファーストフード店の店長らしい。私が以前、ここに書いた「ハンバーガーが好き」という記事を見て、ときどきここを見ていてくれたという。

先日、ホームページで取材先での話を載せたのだが、それを見て私に取材して欲しいと感じたそうだ。
自分を取材して欲しい。よほど自己顕示欲が強いのか面白いネタがあるのか。

私はにべもない断りのメールを書いた。ファーストフード店を取材するような企画はなかったし、別の仕事で忙しく、これ以上仕事を増やしたくなかったからだ。

返事は数時間後だった。

「RE: Re: 私を取材してください」

記事にしてくれなくてかまわない。話を聞いてくれるだけでいい。
そこには、精神崩壊のギリギリの淵に立ち、私を振り向いているひとりの男の姿が見えた。私はカウンセラではない。だが、個人的な興味が湧いた。

この男の話を聞いてみよう。

ファーストフードの男

男との待ち合わせは土曜日の昼間だった。
私は、約束の時間より少し早く新宿に着き、男が店長を務める店を訪ねた。
カウンターでセットメニューを頼み、厨房を覗くと店長らしき男が店員に指示を出していた。やさしそうで陽気な感じの青年だった。身長はやや高いが威圧的ではない。身振り手振りが多く、どこかコミカルな感じがする。
私は客席に着き、準備してきたレコーダーを点検した。デジカメのバッテリーも出かけに交換してきたので抜かりはない。奇妙な興奮と緊張を覚えた。

男が指定した待ち合わせ場所は、男の店からずいぶんと離れた喫茶店だった。
男は5分ほど遅れて現われ、私にわび、店を出るように促した。表に車を止めてあるので一緒に来て欲しいと。

少し迷ったが、男が間違いなくあの店の従業員だということはわかっている。私は席を立った。それでも用心し、男に断りなくレコーダーを回し始めた。バッグの中だが感度のいいマイクを使っている。会話は録音できるはずだ。

車は白のセダンだった。ナンバーを見るとレンタカーだったので、私はますます不信感を強めた。しかも、男は周囲をやたらと気にし、車に乗るように私をせかす。くそ度胸で車のドアを開き、助手席に乗り込むと男は車を発進させた。

男と約束したので詳しい道筋は書けない。一時間ほど走り(この時間も嘘だ)、湾岸の方に出るまで男はほとんどしゃべらなかった。このとき私が感じていた不安は察して欲しい。だが、車を運転していた男は、不意に口を開き、意外なことをしゃべりだしたのである。

男の正体

「僕は・・・・・・ド○ルドなんです」
一瞬、なんのことかわからなかった。男は私の反応をうかがうように助手席の方を見る。男と目が合ったとき、私は理解した。この男は、あの「ド○ルド」だ。
そう、有名バーガーチェーンのキャラクターで黄色のつなぎに白い顔のあのピエロだ。 私は驚愕し、混乱した。そして、デジカメを取り出し、男に向けようとした。

「写真はやめてくださいっ!」

男の顔が恐怖にゆがみ、私はおもわずカメラを下ろした。ハンドルを握る男の手は、かすかに震えている。私はカメラをしまい、男が取材して欲しいというのはそのことかと聞いた。

「ええ、でもこのことは誰にもしゃべらないように言われています。親ですら私がド○ルドであることを知りません。だから写真はやめてください」

男は社の寮に住んでいるらしい。寮で彼の正体を知っているのは寮長だけだ。
彼は、月に2〜3度、「ド○ルド」としてイベントに出たりCM撮影を行っている。「ド○ルド」の出社はいつも真夜中で、寮の地下室(ほかの寮生は空調施設しかないと思っている)で着替えを済ませ、裏口で待機しているスモーク入りのベンツに乗り込み、スタジオやイベント会場に出る。ベンツの内装は特注で、イベントの開始時間まで彼がゆっくりと休むことができる設備が整っている。どのような設備があるか具体的な事は教えてくれなかったが、簡易ベッドや冷蔵庫が完備されているようだ。

「入社したときは普通の社員扱いだったんです。でも、研修中に呼び出され、ド○ルドとしての特別研修を受けました。ピエロとしてのマイムやメイクのほか・・・・すいません、これ以上は」

男の不安を掻き消すように、車がゆっくりと加速していく。かなりの速度が出ているようだが男は意に介さずにしゃべりつづけた。男は明らかにおびえていた。

「最初は大したことじゃないと思ってたんです。むしろ、正体を隠していることが楽しいとさえ思っていました。でも、強制的に寮に住まわされ、従業員にうそをついて店を空けることも多くて、だんだん苦痛になってきたんです。それに・・・・」

男はバックミラーを気にして、執拗にミラーの位置を調整していた。監視されているのだろうか?

「わかりませんが、多分。あのことがあってから」

男は乱暴な運転で2台の車両を追い抜いた。後ろについていた車は2台の車に阻まれている。しばらくの沈黙があり、私と男の目はバックミラーにくぎ付けになっていた。先ほどの車が追いかけてくる様子はない。

「2ヶ月ほど前です。ある雑誌社の記者から取材の申し込みがあったんです。僕個人に直接。僕の正体について、ということでした。深い考えもなく、僕は会社に相談しました。会社は極秘に取材を受けるように指示しました。でも、記者は待ち合わせに来なかったんです。雑誌社に問い合わせると、その記者は前日に退社していることがわかりました」

男は淡々としゃべっていた。今、レコーダーを再生して聞いてみても極めて冷静に話していることがわかる。もしかすると嘘なのではないだろうか、と思えてきた。

「不可解でした。そのとき初めて、なぜ会社は、これほどまで厳重にド○ルドの正体を隠したがるのか、僕は不信に思い調べてみたんです。本社に出向き、かなり危険なこともしましたが、その結果、僕が4人目のド○ルドだということがわかったのです」

4人目のド○ルド。確かに彼は、4代目の、ではなく、4人目の、と言っている。

「最初のド○ルドと2人目のド○ルドの所在はわかりました。ここにその資料があります」

男は4つに折りたたんだ封筒をズボンのポケットから出して私に手渡した。男の体温が残る封筒は湿り気を帯びていて、死にかけた小動物のようにもだえながら折り目が開いた。

「3人目のド○ルドの行方はわかりませんが、それらしき人物を見つけました。その人物は獄中に居ました。すでに社員ではなく、面会を申し込みましたが断られました。でも、そのころから僕は何者かに監視され始めたんです」

このとき、私はこの男のことを完全に疑っていた。正体を隠蔽された4人のド○ルド。しかもひとりは獄中に居るという。おそらくこの男は精神を病んでいるのだろう。刺激しないように話を合わせておこう。その後、男は先ほど言いよどんだ研修の内容も吐露した。ド○ルドの交代がばれないように整形までしたらしい。白塗りにするのと背格好が似ている人を選ぶので大した手術ではなかったが、帰郷した際には顔が変わったことを指摘されて冷や汗をかいたとも話した。

「社会人になると顔つきが変わる、と言ってごまかしましたけどね」

車はJRの駅前に着いていた。男は私にここで降りてくれという。以前に何度が利用した駅なので勝手はわかる。むしろ私は、解放された安堵から思わずため息をついたほどだった。
男は運転席から手を振ると行ってしまった。別れ際、誰かに話したかったのだと男は言った。秘密の重さに耐え切れない、誰かとこの秘密を共有したかったと。
すっきりとした表情で、すっかり警戒心も緊張も解けているようだった。私は笑顔で車を見送り、きっぷ売り場に向かった。

その後の男

男がわたした封筒に入っていたのは資料と呼べるほどのものではなかった。住所と名前、電話番号を記したメモと数枚の写真。写真は証明写真で、3人のド○ルドのものだった。確かにあの男に似ている。3人目のド○ルドが入っているという留置所の住所もあったが、私は家に帰ると、シャワーを浴びて寝てしまった。
後日、まったく別の用件で新宿に出向いた。あの男を思い出し、少し足を伸ばして店を訪ねてみた。通りの向いから店内を覗くと店長らしき男性は先日の男ではなかった。

嫌な予感がして少し迷ったが、客を装って店に入り、カウンターの女の子に以前いた店長について尋ねてみた。

「転勤になったんです。お知りあいですか?」

いいえ、と答えたが新しい店長がやり取りに気付いて近づいてきた。私は慌ててカウンターを離れた。店を出て振り返るとカウンターで店長と女の子が話している。顔を上げた店長と目があったので急いで駅に向かった。何度も振り返りながら。

男の行方

今、テレビのCMで見るド○ルドはあの男だ。でも、次のCMでは別のド○ルドを見るのではないだろうかと思っている。
確証はない。

私の手元には男が渡した資料がある。3人のド○ルドの写真も。
あの男は本当のことを言ったのだろうか?

テレビの中でド○ルドが微笑む。私はあの男のイメージをダブらせながらレコーダーの男の声を思い出している。

*1:年齢と性別は“不利にはならん”と思うがほかの受験生がどんなのが揃ってるか不明だし。「やる気を見る」とか言われても対策できねー。動機をまとめておくくらいか。