末広町

Dowa2006-01-11


トクオが再び上京した。
我が家に泊まり、二箇所ほど就職の面接に行きたいと言ふので
短かひ同居生活を始めた。


昨日、一件の内定が出たこともあり、けふは秋葉原近くの企業で面接の後、
巷で流行している「メイド喫茶」を試してみやうといふ話になつた。


メイド喫茶といふものは、女中の服装を着た女子が給仕をしてくれる喫茶店である。
なんでも、入店した客を「お帰りなさいませ」と迎え、客を「御主人様」と呼ぶのださうだ。


末広町駅の近くで面接を終えたトクオと合流し、前もつて調べておいた店に
入つたのだが、「いらつしゃいませ」としか言わない。
席に案内されて、「普通のお店なのですね」とトクオがウエートレスに言ふと、
ウエートレスは少し不貞腐れた顔で「ええ」と言ふ。きまづい思ひをしながら
カツカレーとイタリアンハンブルグステーキを注文し、僕らは食した。
味は期待すべくもないが、喫茶店で食べる昼食としては、こんなものだらうといふ
程度である。雰囲気は普通の喫茶店だと思へば悪くないが、特筆すべき内装でもなく、
無個性だといふ評価は免れない店である。


その店を出て「この店は普通過ぎてつまらないね」とトクオが言ふので、
冗談のつもりで「じゃあ、ほかのお店に行かうか?」と言ふと「それがいい」と
賛同する。
末広町から秋葉原に二人そぞろ歩きながら行くと、トクオが「あつた。あつた。
あれはテレビジョンで観たことのある店だ」と、あるビルヂングを指差した。
見ると、「@home cafe」(http://www.cafe-athome.com/index.html)と窓硝子を
桃色に装飾した店が、ビルヂングの最上階にあつた。


「テレビジョンでは実に愉快そうな店だつたよ」と期待を込めて言ふトクオと
エレベエタを呼び、乗らうとすると、一人の若い男が後ろに続き、乗り込んできた。
「七階でせうか?」と問うと男はうなづく。エレベエタのドアが閉まりかかると、
ついで3人の男たちもやつてきた。「七階でさうか?」と問うと「さうだ」と言ふ。
トクオが「みなさん、メイド喫茶に行かれるのですね?」と気軽な調子で声をかけると、
後に続いた男達は、はにかみながら「ええ」と答えた。
トクオはウキウキした様子で「僕は関西からやって来たのですが、メイド喫茶
初めてなのです。楽しみですね」と語りかけると、やや緊張していた男達の態度が
和らぎ、めいめい口を開ひて「僕たちも初めてなのです」と話し始めた。


僕も人と話すのは苦手なほうではないが、初対面の老若男女を相手に、気軽で、
自然に話しかけて笑顔まで引き出してしまうトクオのかういふ一面には感心の念が絶へない。
話術といふより、これは主に彼の人柄によるものだらうと思ふ。


我々がエレベエタを降りると、数人の人が並んで順番を待つていた。
僕は帰らうと言いかけたのだが、トクオ始め、エレベエタを同席した男達との会話が
盛り上がつたこともあり、少し並んで待つことにした。
その間にも出身地やテレビジョンの内容などについて、順番が巡つてくる十五分ほどの間、
我々はぽつぽつと和やかに言葉を交わした。


欧州の女中の姿を模した衣装を着たウエートレスに禁煙席の希望を告げると、
ウエートレスは「お帰りなさいませ。ご主人様」とにこやかな笑顔で僕らを
カウンターの席に案内してくれた。
店内は、ウエートレスの描いたと思われる挿絵や品書き、インタアネツトでの
広告への案内などが、カウンターの上や壁、柱などに所狭しと貼り付けられており、
なぜか僕らの席の前のほうには床の間のやうな狭い舞台が置かれている。


僕が店内を見回している隙に、トクオは早速隣の席の男に声をかけていた。
隣の席の男はO氏といふ名で、話を聞くと、この店とこの店の姉妹店の常連だと言ふ。
「今年になつて、もう四度来店しているのです」とO氏は言ふ。
けふはまだ一月の十一日なのに、もう四度も来ているのですかとたづねると、
週末に連日通つたのだと言ふ。


O氏によると、前の舞台では予告なしのショウが催される趣向になつており、
運が良ければショウのゲームでウエートレス(店では「メイドさん」と呼ばれる)と
舞台に上がれるのださうだ。
ほどなくO氏の名がメイドさんに呼ばれ、O氏はメイドさんのひとりと写真を撮って
戻つてきた。だうやら、メイドさんと写真に写るサアビスがあるやうで、
「姉妹店のほうではプリクラを一緒に撮ることができるのですよ」とO氏は教えてくれた。


トクオは、先ほど入つた店で食べたハンブルグステーキだけでは足りなかつたといふので、
スパゲティを頼み、僕はホットチョコレエトを注文した。
メイドさんはあくまでにこやかに接客してくれる。ここでもトクオが「和歌山から
やつてきているのだ」と言ひ、メイドさんの出身地をたづねると、メイドさん
御花畑からやつてきたと答へる。
なるほど。ディズニーランドのやうに背景世界を演出しているのだらう。
メイド喫茶が飲食店ではなく、一種のテエマパークであるといふ認識を得て、
そのつもりで見ると、これは商いのお手本のやうな店である。
店内のテレビジョンでは、これまで放送されたテレビジョンの番組を記録したものが
流されており、それだけを観るだけでも5〜6つの番組で取り上げられているのがわかる。
雑誌やラジヲを含めると、短期間にかなりの露出があつたのではないかと思ふ。


しかも、先ほど入つた店とは違い、「萌え」のブームに便乗してウエートレスに女中の
服装をさせただけのものではなく、メイドさんとのゲームなどのショウ、
背景世界の演出、日に限定の料理や団扇、手ぬぐい等の商品の販売もしている。
さらに、数名のメイドさんで構成された「完全メイド宣言」といふ歌手の一団として、
CDまで作つて売り出しているのである。


兎に角感心していると、突然、店内の照明が暗くなつてきた。ショウの時間は客には
知らされておらず、観られるかどうかは運次第といふO氏の話しだつたが、だうやら
運良くショウを観ることができるやうだ。
ほどなく、一人のメイドさんがステージに立ち、ゲームのルールを説明する。
ゲームの内容はかうである。
まず、「あっとほーむで萌え萌えフラッシュ」といふ掛け声に合わせて、メイドさん
客一同が簡単な振りを行い、最後に3種類のポーズの中から1つを選んでそのポーズを
とる。最後のポーズがメイドさんと同じポーズであれば残り、異なつていれば
ゲームから脱落する。最後まで残つた人がゲームの勝者となる。


子供のお遊戯のやうな振りとメイドさんの掛け声に照れながらも、
何度か繰り返すうちに肩の力も抜け、僕はいつの間にか最後の二人のうちの一人に
なつていた。
それまでは自分の席に居たのだが、二人が残ると舞台に上げられ、
最終決戦が行なわれる。
最終決戦では、メイドさんと僕ともう一人が別々のポーズを繰り返し、結局、
残った客二人で「あっとほーむで萌え萌えじゃんけん」といふ掛け声に合わせて
ジャンケンを行い、何度かあいこを繰り返したのだが残念ながら僕は負けてしまつた。


ゲームに勝つと硬貨をもらえ、その硬貨で店内にあるガチャガチャに挑戦できる。
ガチャガチャにはさまざまな景品がはいつており、勝者はその景品を受け取ることが
できるといふ寸法である。


席に戻ると「君が勝つやうに応援したのだがなぁ」と、トクオが笑顔で言ふ。
僕もそのつもりだったと言つて、二人で笑つた。
店を出るときは「お気をつけて行つてらつしゃいませ。御主人様」といふ見送りがあり、
「いつてきます」と小声で笑いながら、僕らは店を後にした。


正味一時間程度だつたと思うが、存外に楽しい時間を過ごせた。
下手に歌舞伎町のパブなどに入るより、女の子は可愛いし、話す内容も
しつかりしていることを思へば、あながち莫迦にはできない商売である。


ちなみにO氏は僕らより少し早く「外出した」のだが、「これから姉妹店のほうに
行くので、もしよければそこで会いませう」と言ひ残して行つた。
もちろん、僕らはその後、メイドの居ない我が家に帰宅したので、O氏とは会つては
いない。


〜『東風の吹く頃』(イワサキ アツシ)〜 < もちろん嘘です


初めてのメイド喫茶でした。
オタクの巣窟ゥ〜と思っていたのですが、キチンとショービジネスとして機能しています。
というか、結構しっかり作りこんでいる感じがして、客商売としては好感が持てました。


まぁ、ひとりで行くことはないと思いますが、機会があればまた行ってもいいかもしれないかも。
要はディズニーランドを楽しむ姿勢と同じです。
ああいう「架空の世界(夢の世界)」をバカらしくて恥ずかしいもの、と思うなら
行くだけ無駄で時間とお金の損でしょう。


「そういう時間や場所もアリだよね〜」と思う人なら、後学のためになると思います。
あとは企画系の仕事してる人は時流とマスコミの使い方(?)とマーケティングについて
何か学ぶものがあるかもしれません。結構まじな話しで。