自宅ベランダ
なんだかぐたーっとしてました。ぐたー。
作家の坂東眞砂子氏が日経新聞で書いたコラムがちょっと騒動。
タヒチに住んでいるらしいのですが、3匹のメスネコを飼っていて、“信念”に基づいて避妊手術はしておらず、盛りの時期が来て子猫ができたら崖に投げ捨てて殺しているという内容。
「不妊手術をして猫の子作りの本能を損なうより、子猫を生ませて、自分で手を汚して子猫の死に向き合ってる」のだそうです。
ネット上で見る限り、ほとんどが批判的な反応ですが、擁護的な意見もちらほらあるようです。
「不妊にするのも子猫を殺すのも本質的には違いはない」とか「蚊を殺すのと子猫を殺すのとどう違うの?(違いはないでしょ?)」とか。
まぁ、いやしくも偉い女流先生の考えることなので、凡人の“感情論”なんて、ご立派なご考察には及びもつかないのでしょうが、「なぜだめ?」とかいう理屈ではなく、「おかしいものは、おかしい」ものの気がします。
亀と人とがハンデつけて競争したらどっちが早くゴールするか。
有名な「アキレスと亀」ですが、こんなのぱっと考えれば、どっちが勝つかはわかります。
でも、理屈を聞いていくと「お?」となっちゃう。
このパラドックスの話しは、それはそれで大事な思考ですが、ご賢明で洞察の深い方々の今回のご意見を賜ると、考えすぎることで本質を捻じ曲げて、だれが聞いてもおかしいのに、なぜかおかしくなくする理屈を持ち出しているように感じます。
机上で考える分には、自分もシナリオとかでいろんなことは考えますが、実際に子猫を殺すのはちょっとな。。。*1
*1:作家だし、この話自体がフィクションの可能性もあるけど