登戸

ある日のことです。
帰宅の通勤電車に乗ったんですよ。新宿から。急行に。

新宿を出た時にも車内はかなり混んでたんですが、代々木上原で大勢が乗車してきてね、ぎゅーっと身動きできなくなったんです。

ああ、満員電車だな。やだな、やだな、って思っていたらお尻のあたりにぐぐーっとカバンが押し付けられるんです。
でもね、足には圧迫感がなくて重心の上の方を押されるものだから前につんのめりそうになるわけですよ。わかります?


後ろを振り返りたいんですが、がっちり身動きができない。でもわかるんですよ。後ろに立ってるのは女だなー、って。

それで窓ガラスを見ると、暗くなった街が見えるガラスにあたしの後ろに立ってる女性の姿が見える。こぅ、髪が長くて背はそれほど高くないんだけど、俯いてるので顔がよくわからない。そんな女が肩掛けのカバンを前に下げて、すぅーっと立ってるんです。


そしたらその女性がカバンをグイグイ押し付けて来るんです。あたしのお尻の辺りに。
あーつらいな、やだな、って思ってるとね、どういう拍子かあたしの姿勢がそのカバンに腰掛けるようになっちゃったんです。

ああ、これはもう後ろの女があたしに、カバンに座れと言ってるんだ、やだな、怖いな、と思うけど一度崩れたらなかなか姿勢は戻らない。それで腰掛けてると後ろから女性の声で「うう、ううう」なんて呻き声が聞こえて来るんです。
ああ、これは何かまずいな、まずいな、と思うから心の中で「なんまいだぶ、なんまいだぶ」って繰り返すんだけど、そのうちにブルブルと小刻みに震え出すんです。腰掛けたカバンが。

ああ、これポルターガイストって奴かな、と思うけど足はすくむし力は入らないからますます座り込むんです。

そうすると後ろの呻き声はますます苦しそうに、恨みがましくなっていくし、ポルターガイスト現象は止まらないしね、ああ、これはまずいなまずいな、せめてカバンを手に下げるか網棚に置いて欲しいな、と思うんだけどもう声が出ない。

そしたらね、着いたんですよ。降りる駅に。
あたしは、ああ!ここだ!ここで降りないと座ったまま何処まで行くかわかったもんじゃない!と思ってね、必死で人混みを掻き分けてやっとの事で車両を降りたんです。


て、ふーっと後ろを振り返ると、まだ車内に立ってた女が、こう恨めしそぅーな顔であたしの方をじぃーっと見てるんですよ。

あたしはもう無我夢中で近所のスーパーに飛び込んでハッピーターンを買うと、急いでうちに帰ってそれを食べながら録画のアニメを見て、風呂に入ってさっぱりしてから寝ましたよ。